最高の快感といわれる一方で、なかなか達成が難しいドライオーガズム。
そのうち、こんな風に悩み始めてしまう方も多いのではないでしょうか。
「ドライって才能なのかな」
「自分には才能がなかったんだ」
「才能がある人がうらやましい」

ドライオーガズムって
才能次第なのかな?
今回の記事では、ドライオーガズムができることは才能なのか?という問題について、ドライ達成までに5年もかかった僕がお話します。
〇結論
・ドライは才能が全てではない
・正しい方向に、正しい方法で進もう

僕自身は間違った方法でオナニーを続け、ドライ達成に5年もかかってしまいました(ちゃんとした方法にしてからは3か月もかかりませんでした)。
だからこそ、色々な経験の中で何が有益で、何がムダだったのか、よく理解しています。
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ドライは才能が全てじゃない
結論から書きますが、ドライは才能が全てではありません。
「全てじゃない」ってことは関係はあるんでしょ?と思ったそこのあなた。
その通りです。
しかし、それはドライに到達するまでの早さに関係してくるという話であって、ドライできる/できないには関係ありません。
厳密には、才能が関係あるかどうかは誰も知らない、が正しい言い方です。
以下でその理由を見ていきましょう。
「理論はどうでもいいから結論をさっさと言えや!」という方は読み飛ばしてください。
→結論:ドライは才能が全てじゃない
ドライについては多くのことが分かっていない
ドライオーガズムについては、少なくとも僕が知る限り、体系的で信頼性の高い、合意された研究があるわけではありません。
ドライについて研究することは「社会の役に立たない」と思われているからでしょう。
これが良いか悪いかは別にしても、少なくとも事実として言えることは、ドライについては多くのことが分かっていないということです。
※このことはドライが存在しないということを意味するわけではないのでご注意ください。
詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。
さらにやっかいなことには、ドライオーガズムという性的絶頂は「感覚」です。
感覚というのは他人にそのまま共有することができませんので、自分について当てはまったことが他人についても当てはまるということは言えません。
つまり、「ドライオーガズムは才能ではない」と言いきることはできません。
しかし、同じことがもう一つ言えることにも気づくでしょう。
それは、「ドライは才能」と言うことも同様にできないということです。
では我々はドライについては何も語れない、無力な存在なのでしょうか?
そうではありません。
次節で確認しましょう。
射精は才能か?
皆さんは射精が才能だと思いますか?
多くの人は「NO」と答えるでしょう。
(もちろん体質的に射精ができないという方もいらっしゃるとは思います)
なぜなら、自分以外の他の多くの人も経験していることを知っているからですね。
ではもう一つ質問です。
「射精に才能が関係ない」という研究的なデータを持っていますか?
おそらく、多くの人の答えは「持っていない」でしょう。
さて、以上のことで示されたことがありますね。
それは、皆さんが
「客観的に示されているかを知らなくても、他人が経験していることを知っているというだけで、射精が才能でないことを信じている」
ということです。
ではなぜ、「客観的に示されていない、けど他人が経験していることは知っている」という前提が同じなのにも関わらず、ドライオーガズムについては「才能」だと思ってしまうのでしょう?
これは恐らく、報告されている数が認識を誤らせているのだと考えられます。
「多くの人が経験しているから事実、少ない人しか経験していないから誤り」
というのは、正しくありません。
真理というのは、それを知っている人数によって変わったりはしません。
正しくはこうでしょう。
「多くの人が経験しているから信じる、少ない人しか経験していないから信じない」
これは、単に「ドライが才能である」ということは信じるか信じないかという個人的な問題でしかないということを示しています。
そして、「信じない」理由は合理化が起きているからです。
ドライができないときに起きる「合理化」の問題
「合理化」とは、何かができない理由をもっともらしい理由をつけて言いつくろうことです。
ドライオーガズムは達成が困難です。
多くの人はすぐになんてできません。
なので、多くの人が「ドライができない」という経験をします。
(僕もそうでした。)
そしてできない理由を、「ドライは才能」だからと合理化してしまうのです。
僕は合理化してしまうことを責めているわけでありません。
ただ、5年間も挑戦し続けて「最高の快感」に到達した僕からすると、それで諦めてしまうのはめちゃくちゃもったいないのです。
合理化の問題は、器具選びに際しても起こります。以下もご覧ください。
結論:ドライは才能が全てじゃない
これまでで、なにやら回りくどいことをネチネチと話してきましたが、早い話が
「ドライできることは才能」だと信じてしまうことはもったいない!
ということです。
確かに、「ドライ達成までの早さ」には、なにやら才能のようなものが関係しているように思います。
しかし、「ドライできるかどうか」自体が才能に関わるというデータや論理的な証拠はひとつもないのです。
あなたはドライが才能であることを信じてあきらめますか?
それとも、最高の快感を得るために挑戦を続けますか?
ドライは才能が全てではありません。
5年間かけてドライに到達する僕のような人間もいるのですから。
正しい方向に、正しい方法で進もう
とはいえ、「最高の快感を5年も待てるか!」というのが正直な感想でしょう。
僕がドライ達成までに5年もかかってしまったのは、間違ったオナニーを続けていたからに他なりません。
以下では、ドライを達成するための心構えについてお話ししましょう。
東京→大阪にどうやって行きますか?
目標を達成するためには、「正しい方向に、正しい方法で」というのが大切です。
東京から大阪に行く場合を想像してみてください。
正しい方向に進もう
まずは正しい方向を目指すことが必要です。
東京から北に進んでも大阪には着きません。
正しい方向、つまり西に進むことが必要です。
ドライオナニーも、何を目的に行うのか明確にしておきましょう。
(目指すのが前立腺でイくことなのか、乳首でイくことなのか・・・といったことです)
正しい方法で進もう
どんな方法で行くかも重要ですね。
歩いたり自転車で行くのは最善ではありません。
車や電車で行くのがいいでしょう。
このとき、気を付けてほしいポイントが2つあります。
一つは、ロケットで行こうとするのも間違いだということです。
人は、時として無理やりにでも目標に到達したがります。
しかし、無理な方法で行こうとすれば、何らかの代償が伴ったり、目標にたどり着けないことすらあります。
ドライオナニーでも、明らかにおかしな「裏技」を見かけることがあります。
そのようなことに時間やお金をかけるのはやめましょう。
もう一つは、正しい方法で向かっても時間はかかることを認識しなくてはなりません。
たとえ新幹線で大阪に向かったとしても、数時間はかかります。
しかし、まだその途中にもかかわらず、30分程度で「着かない!」と言って途中下車してしまう人が多すぎます。
正しい方向に向かって、正しい方法でプレイしていても、一定の時間がかかることは知っておきましょう。
おまけ:初めてのオナニーを覚えていますか?
皆さんは、初めておちんちんをシゴくオナニーをしたときのことを覚えていますか?
初めて「おちんちんをシゴく」方法を試してみたときを思い出してみてください。
少なくとも僕は、そうすれば快感が得られることは知っていても、初めておちんちんをシゴいた時には「これで本当に絶頂できるのかな?」と不安になりながらオナニーをしたものです。
ドライも同じです。
絶頂の存在を知っていても、途中で不安になることはいくらでもあります。
その不安の解消のためにも、自分は今、正しい方向に向かって、正しい方法でオナニーできているのかを知っておくことが大切なのです。
正しい情報を見極めて、正しく活用しましょう。
まとめ
少し長めのお話となってしまいました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、「ドライに才能は関係あるのか?」というテーマでお話ししました。
まとめると、
・ドライは才能が全てではない
・正しい方向に、正しい方法で進もう
ということでしたね。
このブログで発信していく情報が、皆さんにとって有意義なものとなるように今後も努めていきたいと思います。
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